二つ前の記事で、湯灌と古式湯灌の違いについて書きました。
正確には別のものかもですが、今回は納棺師としてひとくくりにさせて頂きます。
さて、この納棺師。
よく聞かれるのが、資格があるのですか?ということ。
納棺師も、湯灌士も、特別な資格は今のところありません。
エンバーミングといって、お体に特殊な処置をする、エンバーマーは資格が取得できます。
今では、納棺師のための学校もできていますが、絶対にいかないとなれないというものではありません。 では、学校に行かない人はどのようにして納棺師になるのか?
それは、湯灌や納棺をしている会社に入り、そこで技術を学ばせてもらうという方法が一番多いかと思います。
私も、大手湯灌会社にて、約6年勤務させて頂き、そこでたくさんのことを学ばせて頂きました。
はじめは、自分が学ぶことで精いっぱいでした。
たくさんの失敗も経験しました。
今振り返ると、本当に毎日必死で、どれだけ仕事を覚えても、全然追いつかない気持ちになっていたなぁと思います。
私は、本当に必死で勉強し、たくさん学ばせて頂いたので、3か月ほどで、独り立ちさせて頂きましたが、人によっては、6か月、1年、見習い期間を続けざるを得ないケースもありました。
もちろん、3か月で独り立ちした後も、日々学びが続きます。
お葬儀の現場は、全く同じルーティーンという事が、ほぼありません。
毎日同じ会館で。という事なら、準備や後片付けは慣れるかもしれませんが。
大概の場合は、毎日違う場所で、毎日初めましての繰り返しだからです。
自分の中で最低限のことは、しっかりできるようにはなった。と感じたのは、1年後くらい。でも、それはあくまでも基本がきっちりできるようになっただけ。と感じていたので、そこからの数年間はさらに修業モード(笑)
3年ほどたって、経験も重ね、やっと、どんな場面でも臆することなく、対応ができているなと感じることができました。
しかし、それから先は、さらにその上の技術を目指す・・・の繰り返し。
私の中で、納棺師にはゴールはありません。
そして、正確な正解みたいなものもありません。
ご遺族様がどれだけ喜んでくださっても、もう少しできたことがないだろうか?
と考えてしまうからです。
今日もありがとうと言ってもらった。というところに満足しようとは思わないのです。
もちろん、喜んでいただけたり、おほめ頂くのはとてもうれしいことなのですが、それを当たり前だと思うようになりたくない。
私達にとっては、仮に毎日同じような時間だったとしても、ご遺族様にとっては、初めで最後の大切な大切なお別れの時間なのだから。
納棺師になるために、学校へ行って学びを深めるのも、就職して技術を身に着けるのも、入り口はどれでもよいのです。
最低限の技術を身に着けた後、どのように考え、どのように立ち振る舞うか。
そちらの方が、大きな課題だと思います^^
常に自分の中の誠実さと向き合い、
自分の正義と向き合う。
そして、想いを汲み取る努力を欠かさない。
私の中では納棺師とはそういう仕事です。
この話になると、熱くなってしまいますね。
でも、いつまでも熱く語れる気持ちで向き合っていたい部分ですので、次回は納棺師に必要な事を書いてみたいと思います。
今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。
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